公明党晴ればれレポート川崎市議会議員 山田晴彦
 
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2011年3月11日(金) 東北地方を震源に大規模地震が発生
今日は午前中、まちづくり委員会での請願・陳情に対する現地視察を行い、その後庁舎に戻り市議団会議を行いました。地震が起きたのは議員控室で書類整理をしていた時でした。未だ経験したことのないとても大きな揺れに事務所内は書棚などが転倒、書類等も滅茶苦茶になりました。今回の地震では三陸地方をはじめ福島県浜通り地方の方々に大きな被害が起きているとのことです。本当に心配です!
photo 2011年3月14日(月) 市長に大震災に対する要望書を提出
公明党川崎市議団は、阿部川崎市長に対しこのたびの東北地方を襲った東日本大震災について被災地に対し積極的な救済支援を要請しました。
photo 2011年8月12日(金) 岩手24便ボラバスに参加する
今晩から神奈川災害ボランティアネットワーク主催のボランティアバスに参加いたしました。午後8時、県民サポートセンターに集合し定刻の9時には、今回の支援拠点である岩手県遠野市の金太郎ハウスに向けてバスでスタートしました。今回、一緒に参加された方は神奈川災害ボランティアネットワークの呼びかけに応募した35名の方です。私は、比較的時間の取りやすいお盆の時期を利用して申し込みをしたのですが、多くの方々もそのようであったようです。今晩はお盆の帰省に加え途中いくつかの事故も重なり高速道路は大変な渋滞でのスタートとなりました。
2011年8月13日(土) 陸前高田でボランティア photo
昨夜出発したバスは、予定時刻を大幅に遅れ遠野の金太郎ハウスには午前8時半をまわって到着しました。この施設は遠野市の浄化センターの一角をお借りして設置されています。また、私達の他に静岡の皆さんの拠点も設置されていました。早速、作業服に着替え打ち合わせに臨みましたが偶然にも我が党県会議員の小野寺慎一郎さんとお会いすることが出来、今日一日一緒に作業をすることになりました。今日は陸前高田市の伝承館という施設の周辺の草刈りや清掃を主に行いました。こちらの施設は、広田半島の高台にあり眼下には広田湾が広がっています。本来であれば郷土の気仙大工の技術等を伝える建物で周辺にはそば工房など林間学校や遠足、家族で憩う場所なのでしょうが、今回はこの施設前の駐車場にテントを張り、津波によって流されてしまった数々の思い出の品を思いで探し隊のボランティアの方々によって展示されていました。私達は、お盆を利用されて写真などを捜す方々に少しでも気持ち良く過ごしていただけるため作業をさせていただきました。作業の合間には、地元の方から貴重な体験もお伺いすることが出来ました。
また、金太郎ハウスから現地まで送ってくださったマイクロバスの運転手さん、途中、車窓にはプレハブの陸前高田市役所やがれきの山と化した市内、以前は風光明美で自慢の高田松原もいまは一本松となってしまった光景など見せていただきました。実際、目にしてあまりの光景に大変にショックを受けましたが、必ず復興するぞとの強い決意もわいてきました、お世話になった皆さん本当にありがとうございました。
photo 2011年8月14日(日) 思い出捜したいのお手伝い
昨日に続き今日も伝承館での作業となりましたが、今日はこの伝承館から車で20分くらい離れたところにある施設の思い出の品々の整理や運び出しのお手伝いもさせていただきました。途中その施設に向かう車窓からの光景は昨日を上回るおびただしい泥を被った船やがれきの山が海岸付近を覆っているものでした。また、その施設附近には多くの仮設住宅が設置されていました。施設では、アメリカやオーストラリア等からボランティアで多くの方々が写真洗浄化ため来られておりました。本当に世界の優しい心がひとつになる事の強さと美しさを感じました。今日は伝承館のほうにも多くの方が訪れ写真等も引き渡されたとのことです。本当に良かったと思います。作業は4時まで行われ、その後は大船渡市を経由して金太郎ハウスに戻りました。大船渡市は地盤沈下のためか未だ海水が引かない地域が存在しこれまた大変な状況でした。負けるな大船渡!
2011年8月15日(月) 遠野の優しさに触れる photo
午前5時に起床し、金太郎ハウスでうまいとの評判の豆腐屋さんに行きました。遠野駅近くにあるお豆腐屋さんまでは徒歩で15分くらいでしょうかお店では出来たての豆腐を食べさせて頂きました。
豆腐屋の店主は80代の元気なおとうさんで、今回の震災以降こうした立ち食い豆腐を始めたと伺いました。気風の良さは、おいしいお豆腐をさらに美味しくいたします。豆腐屋のおとうさんやおかみさんからは、豆乳も出してくださりご馳走になりました。本当においしかったです、ご馳走さまです。
私はこの町に来て感じたことがあります。道々に支援ありがとうと書いた看板を良く見かけることです。そして私達ボランティアのこともこの街の方は良くご存じで気持ち良く挨拶をして下さいます。
本当にありがたいと思いました。
2011年10月4日(火) 宮城ボラバスに参加する photo
8月岩手ボラバスで陸前高田市に参加したことに続き、今回は、宮城ボラバスで石巻市に家内と2人で参加しました。午後9時、横浜を出発し現地に向かいました。今回の参加者は34名で、多くの方々がリピーターでもありました。このたびの震災の被害が、あまりにも大きかったので復旧・復興には、大変に長い時間がかかるものと思われますが、だから、私たちは何回も何回も現地に赴き、少しでも作業に加わり、現地の方々へ勇気の声かけをしていきたいと思っています。私は、ボランティアは継続と拡大が大事だと思います。今回は家内と参加しましたが、今後とも、この輪を拡大していきたいと思います。
photo 2011年10月5日(水) がんばろう! 石巻からスタート!
午前4時過ぎ、宮城県石巻市内の道の駅「上品の郷」に到着し、その場で午前6時まで待機、その後、バス内で作業着に着替えたのち市内へ移動しました。最初に向かったのは、「がんばろう!石巻」と書かれた看板の前で、この場所については、以前、新聞で、エピソードを読んだことがあり、地元で作成された有志の方々の思いを改めて知りました。またこの場所は今回の震災で被災されたすべての方々の復活を誓う場所の象徴で、私たちも共に同じ思いに立つことを決意、亡くなられた方々に黙祷をいたしました。その後、地元のボランティアセンターの置かれている石巻市立湊小学校に移動。そこで3班体制に分かれ、民家の泥かきや民家の家財の移動、道路の側溝清掃の作業をいたしました。私たちが担当したのは湊小学校からほど近いところにある県道脇の側溝清掃でしたが、側溝のふた自体が津波のために20センチ近く土砂が被った状態で、先ずはその土砂のかき出しから始めなければならないという作業でした。ご近所の方や車で通り過ごす方々皆さんは、私たちを温かく受け入れしてくださり、ありがとうなど声をかけてくださいました。一日かけて行えた作業は100メートル足らずの作業でしたが、自分なりに充実する一日になりました。作業が終わり帰途に就くころからは雨が降り始めましたが作業に支障をきたすことがなく、本当に良かったと思いました。
また、是非、参加していきたいと思います。
photo 2011年11月11日(金) ボラバスで、ふたたび石巻市へ
今晩、3回目となるボラバスに参加しました。今回のボランティアには、職場の同僚7人が参加しました。定刻の9時、小雨降る中、バスは石巻市へ向けてスタートいたしました。今回は、石巻総合運動公園を会場に行われる東日本復興祭「ほっこり祭り」の一角にボランティアで集まった衣類などを通し仮設住宅の人々と交流を図る目的で行うものです。主催は、埼玉の笑顔届け隊NGO魅来の皆さんの企画されたものです。
こちらの運動公園周辺には多くの仮設住宅(14団地)があり、住民の皆さんも様々な被災地から来られ住まわれているとのことで、私達の活動が少しでもきっかけとなって頂ければとの思いと、被災地の皆さんを思って届けて下さった真心の品々をお渡ししたいとの思いからです。明日は、仮設住宅の方々と本当に心の交流が出来き、喜んでいただけるよう頑張りたいと思います。
2011年11月12日(土) 仮設住宅の方々と心をつなぐ photo
今回も午前4時前には、石巻市にある道の駅「上品の郷」に着き、夜明けを待ちました。その後、「がんばろう!石巻」の看板のあるところへ向かい黙とう、再び復興を誓いました。初めてボランティアに参加された方々は情景を目にしてテレビなどで得てきたのとは違う思いに駆られていたようです。その後、ボランティアセンターとなっている石巻専修大学へ、ここでは、バザーへ出す衣類を倉庫から出すためのメンバー数人を降ろし、それ以外のメンバーは、石巻総合運動公園に向かいました。
そして、会場に到着するなり、直ちに会場の設営等準備にかかりました。会場では、仮設住宅14団地から出店されている模擬店などが、じゃがバターやおしるこ、玉こんにゃくや焼きそばなど様々に工夫して準備がなされておりました。また、その他にも協賛出店として、炭焼きさんまや山形天童市の芋煮汁なども出店されました。私達は、そうした会場の一角に、ブースを創りボランティアセンターの倉庫から運び出した衣類を陳列、多くの方々にご利用頂きました。また、今回のボラバスには、脳外科の先生も参加されており、健康相談のコーナーを設けることも出来ました。更には、一部のメンバーは、会場に来られていない仮設住宅の方々に案内チラシを届けに行ったりなど様々にチャレンジもいたしました。私も色んな方々と会話をすることができ、本当に充実した一日を過ごすことが出来ました。
また、私は、昼の時間を使い各団地が出されている品々もしっかり賞味させて頂きました。年甲斐もなく食べすぎた感もありましたが、しっかりその分、働かせてもいただきましたので、満腹感も早々におさまりました。午後5時半過ぎには、一切の作業が終わり、今朝立ち寄った「上品の郷」にあるふたごの湯で汗を流し、8時過ぎ石巻を後にしました。参加した同僚も口々に来てよかったと言ってくれました。
本当にお疲れさまでした。
2012年6月8日(金) ボラバス気仙沼に向け出発する!
午後8時、私は、神奈川災害ボランティアネットワークが主催するボラバス宮城99便に参加するため、神奈川県民サポートセンターに集合しました。行先は、宮城県気仙沼市、作業内容は、津波の被害を受けた農地に対し耕作機械を入れるよう細かなガラス片等のがれきを除去するという仕事です。また、場合によっては10人程度、別に海岸清掃に当たることもあるとのことでした。とにかく、復旧のために出来ることは何でもさせて頂きたいと思います。バスは、今晩出発し、車中2泊で明後日に帰ってくる行程ですが、今年に入り、一日も早く被災地へ行きたいと思っていたので、やっと思いがかないました。しっかりと、働いてきたいと思います。
photo 2012年6月9日(土) 気仙沼市で農地支援ボランティアを行う
昨夜、出発したバスは、今朝4時過ぎに岩手県一関市にある道の駅かわさきに到着しました。2時間程バスの中で待機仮眠した後、作業着に着替え近くのコンビニで朝食を調達、食事をした後は、本日の作業現場である気仙沼市大谷に向かいました。最初に訪れたのは、本日海岸清掃を担当する10名を受け入れてくれるボランティアセンターです。その後、再び出発し、途中トイレ休憩で気仙沼線の大谷駅前に立ち寄りました。ここもきっと震災前は、きれいな海岸線が続くところだったのでしょうが、今は私が立つホームには、それ以外ここが駅であったことを感じさせるものは何一つない状況でした。その後、バスは更に20分ほど走り、本日の作業場所である小泉地区に入りました。先程の海岸清掃チーム10名と今回、私達が行う農地支援チーム25名に分かれて行うのですが、私達の支援は、具体的には、津波により水田であった所に堆積した土砂の中から石等を除去することが目的です。現在の状況では農機具等を入れる事も出来ないそうです。私達が行う事前活動で支障をきたす事のないようしっかり石等を除去したいと思います。小泉地区には、これまで国の支援も入っておらずボランティアの支援も初めての試みとのことで、私達に対する期待も大きいと思いますし、私達ボラバスのメンバーも小泉の皆さんに再び農業が出来るよう真心からのお手伝いをしたいとの思いで参加いたしました。今日、聞いたお話では、今進めようとしていることは、水田にするためには除塩作業がかなり大変であり、今回は畑地として塩害にも強いとされるトマト栽培を行うと言うことです。地元の方々の小泉地区の復興に対する強い思いとカゴメ(株)の提案から生まれたものと聞き、本当に感動いたしました。また、「カゴメさん宜しく頼みますよ!」と言いたくなりました。私達も、そのひと役を担わせて頂けることに本当に誇りと喜びでいっぱいです。作業としては午前9時から行い、10時ごろには、心配された雨が徐々に降り始めましたが、やれるだけやろうと作業を進めさせて頂きました。しかし、午後からは、雨も本降りとなり、私達は近くにある小泉小学校内のプレハブ施設に一時退避し、地元ボランティアの西村さんより震災前の街の様子や今後の復興計画など様々にお話しいただきました。そして今後ともボランティア支援の要請もいただいたところです。必ずやこの小泉地区の畑に、たわわに実るトマトを見る事と、もう一つ話されていた水仙の街にしたいとの夢が叶うまで見届けていきたいと思いました。午後3時過ぎ、迎え来たバスに乗り込み、現地を後にしました。海岸清掃チームと合流後は、気仙沼市街地へ向かいました。1年3カ月が経とうとするのに港付近の建物は、今なお震災当時と少しも変わっていませんでした。様々な体験と人との出会い、いろんな方々の善意も感じつつ今回のボラバスの2日目が終わりました。午後9時前には東北道の一関インターより一路、横浜に向けてスタートいたしました。
2012年8月3日(金) ボラバス岩手便で出発する
今晩7時過ぎ、神奈川県民サポートセンターに集合し、神奈川災害ボランティアネットワークのボラバス岩手82便にのり遠野に向け出発しました。1年ぶりの岩手便への参加に、どのような支援活動か分かりませんが様々な人々との出会いと真心からの支援が出来るよう頑張ります。
photo 2012年8月4日(土) 釜石市鵜住居地区で草刈り清掃
午前6時過ぎ、バスは遠野の金太郎ハウスに到着、先発のボランティアメンバーの温かな出迎えを受けました。その後、作業着に着替え同敷地内にある遠野まごころネット前で、ラジオ体操や今日の作業別グループの打ち合わせ等を行った後、私達は、本日の作業現場である釜石市鵜住居地区へ向けマイクロバスで出発いました。今日の内容は宅地の草刈り等の清掃作業です。マイクロバスには、私達の他に香川県からバスで18時間をかけ参加されたチームの方々も同乗されておりました。その話をお聞きした時、私達の倍も掛けこられている方々の真心を深く感動しました。今日伺った鵜住居地区は、私が高校3年の時に同級生と二人で旅した思いでの地です。彼これ40年前のことですが、鵜住居駅に降り立った駅は跡形もなく親切にして下さった漁港近くのお家もなにひとつ確認できませんでしたし、列車に乗り遅れて2時間近く待たされた喫茶店も今ではどこにあったのかもわからない状況です。地元のまごころネットのリーダーは、こちらの鵜住居地区が、大槌湾のなかでも最も被害が大きかったところであったと話してくれました。私達は、山裾にあったお寺、今はプレハブの仮本堂があるだけとなっていましたが、山際に広がる墓地を訪れる地元の方々のためにお寺の沿道にある民家の跡地に生えている雑草や土砂・ガラス片等の清掃作業をさせていただきました。先に来たボランティアによって整備された宅地の一角には、おそらく、そのおうちの方が、植えられたのであろうコスモスの花壇があったのが印象的でした。リーダーは、またこの地域が、将来的には2メートル程度の盛り土をする地域になっており、草を刈ったり瓦礫を撤去したりすることはあまり意味がないように言う人もいるが、そうではないと思う。こうした地元の方々に少しでも喜んで頂けることにボランティアの意義は大きいと語っておりました。本当にそう思います。金太郎ハウスに帰った後は、近所にある亀の湯という銭湯で汗を流しました。趣のある銭湯でした。私達が行った時は空手を教えている学生さんと子ども達10数人で入浴中の貸し切り状態で銭湯の奥さんから外で待ってくださいと実にのんびりした情景でした。また、夜には遠野の夏祭りに出掛けてみました。この地域の「まぬけ節」の歌が流れる中。情緒ある踊りと今はやりの遠野のAKBなど様々な工夫を凝らしたイデタチで祭りを盛り上げていました。
2012年8月5日(日) 大船渡市で漁業支援 photo
きょうは、大船渡市の末崎地区で漁業支援としての牡蠣養殖に使うロープにホタテの貝殻を取り付けるお手伝いをさせていただきました。以前からやりたい仕事と思っており、昨晩のミーティングで積極的に志願し、じゃんけんでその権利を獲得、願いがかないました。お伺いしたのは、牡蠣やわかめ、コンブ漁をされているご夫妻のところで、現在の作業場は、以前はお家があったところで、震災により船も家もみんな流されてしまったそうです。現在、お二人は仮設住宅に住みながら作業されております。私達ボランティアは3人でお手伝いしたのですが、炎天下、本当にじりじり焼けつけそうな状況ではありましたが、とても楽しくお二人の喜んで頂ける笑顔に励まされやりがいを感じた作業でした。また、その時に、津波で浸ってしまったアルバムが当時のままであると打ち明けられ、そうした思い出の品々を洗浄することも行っているのでボランティアセンターに問い合わせる事にしました。本当にお世話になったご夫妻には心から感謝いたします。また、この日は、別のグループは、陸前高田市にある気仙大工・左官伝承館での草刈り作業を行っており、帰りがけに、1年ぶりで寄らせて頂きました。伝承館では、館長さんや昨年のいろいろお話して下さった女性の方など懐かしい方々にお会いできました。そして、昨年12月11日に新たに設置された希望の灯りを案内して頂き感動を新たにしました。この希望の灯りは、阪神淡路大震災を経験された神戸から復興を祈る灯として、神戸からランタンで運びガス灯に移したものだそうです。神戸の1・17希望の灯りが、震災から5年目の2000年1月17日から神戸市中央区の公園に設けられたものですが。同様に東日本大震災の復興に祈りを込め造られたものでした。感動です!
photo 2012年8月6日(月) 遠野の名物豆腐店で1年ぶりの再会
今朝、遠野駅近くにある名物豆腐店を伺いました。去年も伺ったところでボランティア仲間では有名なお店です。私も昨年初めて伺いお店のご主人の温かい人柄とおいしい豆腐を紹介させて頂きましたが、きょうも気風の良い親父さんが店先で我々に豆腐や豆乳をふるまって下さいました。未だぬくもりのある豆腐を何も掛けずに食べたあと、醤油を付けて食べるのが美味しい食べ方だと思います。今年もお元気そうな笑顔をみて安心しました。
2013年3月25日(月) 福島復興局を訪問する photo
本日より福島・宮城・岩手の被災3県を市議団として視察いたしました。これまでは、議員個人としてのボランティア活動が中心でしたが、2年目を迎えたいま、被災地の現状を再認識し、今後の取り組みに活かすためです。最初に訪れたのは、福島駅からほど近い所のビルの一室にある福島復興局です。わが党の浜田昌良参議院議員が副大臣として、昨年暮れから責任者として奮闘している職場でもあります。福島復興局は、主に原子力災害からの復興及び再生を担当しておりますが、あいにくきょうは、国会開催中のため副大臣とのお会いは叶いませんでした。しかし、次官と参事官の方が、大変にお忙しいなか、私達への対応をして頂き、福島の現状と復興へ向けての取組み、そして課題について、しっかりお聞きすることが出来ました。また、こちらからも川崎市の持つ雇用の問題などをマッチング出来ないか具体的提案を示させていただき大変に手ごたえのあるご答弁を頂くことも出来、実り多い機会となりました。本当にお忙しい中での対応に、あらためてお礼申し上げます。
その後、仙台に移動し、バスで石巻市門脇町のある「がんばろう石巻」、門脇小学校等の被災現場を訪ねました。
さらに、宮城県が進める県内最大級の災害廃棄物処理プラント、石巻ブロック処理施設を視察いたしました。県内には、このほか気仙沼、宮城東部、亘理・名取の3ブロックがあり、建設会社を中心に民間企業による共同企業体の業務委託が行われていました。はじめに、会議室での事業概要の説明を受け、その後、ヘルメットを着用して構内を案内して頂きました。24時間フル稼働により、これまで運びび込まれたがれきの山は、だいぶ片付いてきた感じを受けました。がれきは、重機や機械による分別、破彩の後、可燃物として焼却されるものや、不燃物に分けられます。また、津波による大量の土砂が発生したため、こうした土砂への対応として水を通すことで除塩した砂とするプラントも見せて頂きました。処理された砂は、工事などで再利用されるそうです。よく海砂は工事に不向きと聞いていただけに、現在の技術水準の高さをしりました。
施設視察後は、宿泊先の南三陸町志津川に移動しました。今日泊まった宿も2階の天井まで津波が襲ったと伺いました。
photo 2013年3月26日(火) 釜石市社会福祉協議会を訪ねる
視察2日目の今日は、最初に南三陸町の防災センターを訪れました。骨組みだけが残る防災センターを見上げて、町の人々に最後まで避難を呼びかけ亡くなられた女子職員の方や防災センター屋上に避難し、波に呑込まれた人々のご冥福をあらためてお祈りいたしました。その後、気仙沼市街へ行き、海から800メートルも離れたところに流された漁船「第十八共徳丸」を見て、津波の恐ろしさを実感いたしました。その後、陸前高田市では、高田松原の奇跡の一本松や高田市街をまわり、がれきの山は、概ね片づけられたものの、復興の速度はまだまだで広大な空間は、そのままでした。大船渡市では、仮設店舗の復興商店街を訪れ、昼過ぎに釜石市社会福祉協議会の「生活ご安心センター」を訪ねました。ご説明いただいた前事務局長の矢浦さんは今月はじめ、川崎市や宮前区に講演に来て頂いてもおります。始めに上映して下さったDVDは、本当に衝撃的なもので、今まで見たものとは違い、ことの始まりから撮られたものでした。内容は、引き波から始まり、あっという間に海底が見えてきたかと思うと、今度は沖からどんどん押し寄せてくる黒い津波が、あっという間に堤防を乗り越え、家を押し流す、人の声が入っているもので生々しい光景がまざまざと分かるものでした。本当に津波の恐ろしさを知りました。
話の中で、矢浦さんと共に働いてきた鵜住居地区のヘルパーさんが、介護中に亡くなられたこと、また、そのことをご家族に告げる事の苦しさを語っていたのが、本当につらくたまらない思いになりました。また、釜石の軌跡とも言われた鵜住居小学校と東中学校の話もお聞きすることが出来ました。本当に来てよかったと思いました。
その後、実際に、被害の大きかった鵜住居地区や大槌町、山田町の被害状況を確認しつつ、宮古市に移動しました。今日の宿泊地は宮古市です。
2013年3月27日(水)もりおか女性センターを訪問 photo
視察3日目は、田老町の防波堤から視察いたしました。明治や昭和のチリ地震等三陸地方を襲った津波被害から田老町は、町を守るために造られた防波堤は、これまで二重堤防としてその堅固さが話題になっていた。しかし、今回の震災では、さらに、この堤防を乗り越える津波であったことが分かりました。しかし、もしこの堤防がなかったとすると、その被害の大きさは、これまで町が経験したことのない状況であろうことも容易に想像がつきます。やはり、今回、いろんなところで見てきた壊れた堤防も、これが無かったとしたら、その被害は何倍になったか分かりません。そう考えた時、大きな役割を果たしてきたことをしみじみ思いました。また、こうした地域には、多くの消防車が起き重なるようにスクラップになっている状況もありました。水門を守るため命を賭して任務に当たり殉職された消防署や消防団等の関係の皆さん尊い行動に改めて感謝とご冥福をお祈りする次第です。
その後、岩泉を経由して盛岡市へ、こちらでは、もりおか女性センターを訪問しセンター長の田端さんによる被災地支援のあり方について調査させていただきました。
田端さん達は、男女共同参画の推進と女性の経済的自立等を掲げ活動してきた団体ですが、今回震災では、被災地支援としても大変な活躍をされている団体です。そこで、今取り組んでいる主な事業等を調査するためにお伺いいたしました。田端さんは、先ず、こうした状況下で最初に仕事を失ったのが女性であり、そうした女性たちに仕事を見つけ創るため、被災地支援を行ってきたこと、これまでの活動をさらに充実させる必要から国や盛岡市などの支援もいただき女性の起業応援事業などを推進しているとのことでした。また、現在の被災地状況では仮設住宅の高齢化や狭隘な空間からのトラブル、先の見えない不安から様々な問題も発生していることも分かりました。特に最近ではDV問題なども顕在化してきているとのことでした。そこで、最も必要なことがコミュニティの形成であり、特に被災された方々の思いを聞いてあげる傾聴の仕事の大切さを訴えておられました。こうしたニーズに応えた事も地元の方々で考えておられ安否確認や買い物支援を一緒にした事業を試行している方もいらっしゃるとのことを伺いました。このお話を伺い、地元から内発的な事業の大切さを感じました。私も今月23日付の神奈川新聞に掲載された「ニュース読み解く」の被災地の雇用で京都大学の高村義晴客員教授が「今後求められるのは、地域の中にある魅力に付加価値を加えて発信する内発的発展だ。三陸沿岸などの被災地には魚や農産物などの特産物がある。季節ごとの食べ方を紹介しながら販売したり、特産品同士の魅力を組み合わせたりすれば価値が高まり、そこで手仕事が生まれる。」と述べられていた記事を今回持ってきており、識者の考えが一致していることが確認できました。今後とも私達が応援できる被災地支援を推進するとともに、こうした活動が全国に波及するよう働きかけてまいりたいと思いました。この3日間、それぞれにお世話になりました皆様に心から感謝を申し上げたいと思います。ありがとうございました。
  

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